『国際開発ジャーナル』2016年3月号掲載 連載 変わるアフリカ 変える日本企業
アフリカの最高級素材を日本へ
中国市場の開拓にも活用
アフリカ産の原材料をファッション産業に生かしているユニークな企業がある。横浜・元町の皮革製品の老舗、(株)ヒロキだ。エチオピアと中国に工場を設け、日本と結ぶ事業網を構築した権田浩幸代表取締役社長に展望を聞いた。
「世界一の皮」調達が狙い
―ヒロキは1952年創業の皮革衣料を中心にした製造小売業ですが、アフリカ進出のきっかけは。
赤道直下の高地で育った「エチオピア・シープ」の皮革素材は、羊皮の中でも「世界一の品質」という定評がある。昔からゴルフの手袋に使われており、ペン先で穴を開けようとしても開かないくらい、柔らかくて強い。
しかも、繊維が非常に細かいから、「しっとり感」に特性がある。こうした材料を使ったリバーシブル・ジャケットなど新しいオリジナル製品を作り、日本の顧客に届けたかった。「材料へのこだわり」が進出の動機だ。
ところが、この羊皮はあまりに柔らかいため、裁断も縫製も難しい。羊自体が小柄なため、羊皮の大きさも小さい。フランスやイタリアなど世界中の皮革衣料メーカーが挑戦したが、「手袋にはなってもジャケットなど衣料には向かない」と言われてきた。しかし、当社は逆に時間をかけて良いものを作りたいと考えた。
2006年からエチオピアに毎月のように足を運び、何社もの皮なめし業者に衣料品用に使える材料の供給を依頼した。これを検品し、厳選した上で当社の北京工場に送って製品化を試みた。北京工場は06年に設立したばかりだったが、07年からエチオピアの材料を入れて生産をし、日本市場に出荷するようにした。
その一方、北京工場も人件費が上昇してきた。エチオピアの場合、人件費は北京の6分の1程度だ。エチオピア進出の目的はあくまで高品質の材料を安定的に確保することにあり、決して低賃金を求めたわけでない。しかし、人件費が割安なところで経費が軽減される分、じっくり時間をかけてしっかりした製品を作れば、競争力を高められる。そう考え、エチオピアでの一貫生産に向けた工場の開設準備と人材育成に着手した。
1年がかりでライセンス取得
―エチオピアに進出した日本企業はまだ少ないですね。
エチオピアに関しては、日本貿易振興機構(ジェトロ)にも十分な情報がなかったため、駐日エチオピア大使館で会社法や労働法について調査することから始めた。
現地に入ってからも苦労は多かった。投資庁の担当者がランチなどを理由にすぐ消えてしまったり、役所を回って集めた情報が最新の法改正を反映していなかったり、ひと昔前の情報であったりした。その度に、宇宙に迷い込んだような感覚がした。日本企業が進出していないのは、みんな暗闇に足を突っ込むのが怖いからだと思った。
結局、申請から1年がかりで輸出ライセンスを取得し、14年7月に「ヒロキ・アジス・マニュファクチャリング」を首都アディスアベバ郊外に設立した。
―人材育成はどのように進めたのですか。
日本なら小学校で図画工作を学び、「ものづくり」の基礎を体得するが、エチオピアにはそれが欠けている。定規の使い方も知らない人が多いし、日本人や中国人に比べて習得のスピードは遅い。
このため、エチオピア産業省傘下の皮革産業開発機関(LIDI)のトップに直談判し、同機関の訓練校に所属する優秀な学生を推薦してもらい、実技試験の末に採用を決定した。当初は8人を雇用し、このうち4人を北京工場へ2カ月間の研修に派遣した。今ではエチオピア工場の従業員を25人に増やし、訓練に励んでいる。
従業員の半分以上は女性で、細やかな仕事ができる。裁断から縫製まで全工程をこなせる工場長になれる人材を育てるよう心掛けている。日本から監督指導する人材の派遣は欠かせないため、そのコストも含めると、まだエチオピアでの生産は決して安くない。
————エチオピアの皮革産業はどんな様子ですか。
LIDIの資料(2013年現在)によると、なめし工場32社が羊や牛などの皮革約5,500万枚を生産しているほか、中国企業も含めて靴工場16社、皮手袋工場5社、皮衣類・小物5社などがある。エチオピア政府は優遇税制を設け、LIDIを通じて人材育成や検査体制の充実など皮革産業へのサポートを進めている。国連工業開発機関(UNIDO)といった国際機関もエチオピアの工業化を支援している。昨年はエチオピアに関するUNIDO主催の国際会議がウィーンであり、私もエチオピア事業の報告をしてきた。
2014年にはエチオピアのハイレマリアム・デッサレン首相が来日時、当社の元町本店を訪問し、「エチオピアの材料で高品質な製品を作り続けてほしい」とのメッセージをいただいた。日本とアディスアベバとの間では昨年から直行便も就航し、便利になった。
人材育成に学校設立の構想も
―今後の課題は。
当社でも中国人の客が増え、「爆買い」も多くなった。欧米人の客に比べても高級品志向が強い。現在の北京工場は、3年後をめどに、中国市場での販売拠点にする。北京のほか、天津など多店舗展開を考えており、その運営のために日本語の上手な中国人5人を経営幹部候補として育成している。日本国内の市場の成長に限界があるため、これは当社の「サバイバル戦略」でもある。
グローバルな生産流通体制を強化する中で、エチオピアは一段と重要な生産拠点になっていく。日中両国だけでなく、欧州や中東への輸出も考えていきたい。2014年にエチオピアを訪れた安倍晋三首相は、私に「エチオピアのパイオニアとしてがんばってくれ」と言ってくださった。
そのためにも大事なのは、人材育成だと思う。衣料、バッグ、鞄、財布、手袋の5分野で日本からの技術移転を一層進めたい。それには日本から専門家5人程度を派遣し、100人くらい学べるような縫製の専門学校を開設したい。
そこで育った人材は当社だけでなく、エチオピアの他の皮革工場にも入社し、業界全体の技術水準の向上に貢献していけると思う。若者の自立を促し、社会の安定にもつながる一助になるのではないか、と期待している。
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なお、ヒロキが取り組んでいる衣料品生産の上流にあるファッションデザイン、あるいは建築といった、より創造性の高い「クリエイティブ産業」に関しても近年、アフリカで関心が高まっている。アフリカ開発銀行金融セクター開発局第2課のロバート・マスンブコ課長代行は、「アフリカは現在、若者人口が大半を占めるが、彼らの中にはデザインなどに関心を持っている人も多い。クリエイティブ産業は、こうした若者のエネルギーを生かしやすい分野だ」と指摘する。また、ファッションデザインなどクリエイティブな部分までアフリカの人間が担えるようになれば、それに関連する縫製産業などにおいても、これまで以上に多くの雇用がアフリカで創出される可能性が高い。
他方、マスンブコ氏は、「アフリカが世界のクリエイティブ産業の市場で占めている割合は、まだ1%にも満たない」と指摘する。ここでも問題になるのは、やはり人材育成だ。デザイナーなど高度な人材を養成する教育機関が、まだアフリカには圧倒的に少ない。今後、こうした産業の発展に関しても、日本が貢献できる余地は大きい(マスンブコ氏のインタビューは別途掲載 )。
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